B:蝶食いの大蛇 ヴルパングエ
蝶食の大蛇「ヴルパングエ」を知ってるか?
フッブート王国がらみの文献によれば、見た目こそ大きいが、
蝶や虫などを主食とする大人しい存在とのことだ。だが、イル・メグに潜入したクラン員が見たって言うんだよ!
姿を晒して呑気に散歩するピクシーが、大蛇に喰われるところをな!ただの蝶ならともかく、魔力豊かなピクシーを食らえばどうなるか……。想像したくもないってもんだろう?
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
イル・メグの北部地域にヴルパングエという一際巨大な蜥蜴が生息している。体長は3~5mほどだが両前足から両脇腹に掛けて皮膜が付いていてそれを拡げるとクガネでいう所の6畳間くらいの大きさになる。体の表面にはおどろおどろしい模様が付いていて一見強面なのだが、この蜥蜴は元来大人しい性質で、蝶や蛾などの昆虫を食べる。巨大な蜥蜴なのに昆虫?と鰐がメダカを食べるんだよ、と言われているように感じるかもしれないが、イル・メグには羽を広げると1mを超えるような巨大な蝶も生息しているので心配はいらない…はずだった。
というのもこの大蜥蜴、最近捕食する対象を変えたようなのだ。大っぴらにされてはいないがナッツ・クランのメンバーがイル・メグに侵入した際にピクシーを捕食しているのを目撃したのだという。何故この情報が大っぴらにされていないかと言うと、これを発表してしまうとイル・メグへの無断侵入がバレてしまい、ナッツ・クランの責任問題になってしまうからだ。
そういう訳でナッツ・クラウンのメンバーと馴染のメンバーにしかこの情報は共有されていない。そしてナッツ・クランはこの問題を秘密裏に解決してしまおうとしている。つまりあたし達はナッツ・クランの悪企みの片棒を担ぐこととなった。
秘密裏だから悪企みといえばそうかもしれない。でも、これは放っておくわけにはいかない。
あたしは蜥蜴が味変したことはどうでもいい。ピクシーが被害に遭っていることがショックだったのだ。あたしは特別ピクシー族が好きなわけではないし、懇意にしているピクシーもいないがこれには理由があった。
回りくどいいい方になるが、あたしは過去の経験から学者が好きじゃない。そしてその学者が口にする学説とか通説というものがもっと嫌いだ。それに拘るばかりに、正邪の認識が逆転して考えの異なる者を迫害したり、居場所を奪ったり。運がいいのか悪いのか、そういう事例を目の前で体験したせいか学説や通説を枕詞に偉そうに高説を垂れる連中が大嫌いなのだ。そのあたしの嫌いな学者の通説によれば、ピクシー族は、生まれる前、あるいは幼くして亡くなった、子どもの魂から生じるというのだ。ピクシー達が遊ぶことやイタズラが好きなのは、前の生で遊んだりイタズラしたりということが出来なかったその執着からなのだと。ピクシー族の陽気さやテンションの高さを思うと学説・通説嫌いなあたしでも或いはそういう事もあるのかもしれないと思ってしまう…いや、どちらかと言えばそうであって欲しいと思ってしまう。幸に恵まれず、芽生えてすぐ消えてしまい謳歌出来なかった生をピクシーとして満喫して欲しいと願ってしまう。これはこの説を聞いた時にあたしが勝手に頭の中で考えていた事だ。仮にこの説が正しかったとするなら、前世で芽生えてすぐに消えてしまった命が、再び得た新たな生でも謳歌しきれないまま終わってしまっているという事になる。あたしは取るものも取らず、相方の手を引いてイル・メグへと向かった。
その日、イル・メグは雨だった。夜の雨に煙るリェー・ギア城は格別に美しかった。
湖を回り込み、ヴルパングエの生息域に入る。本当に魔力やエーテルの力の強いピクシー族を奴が喰らっていたとしたら新たな力や違った見た目を得ている可能性もある。あたし達は慎重に足を進めた。城から続く急な坂になったあぜ道を行くとやがて頂上が見えてくる。その右手側の高台の上に開けた草原がある。ここが目撃者の多いポイントだ。だが、そこに気配はなかった。草原からあぜ道に戻り、坂を下り始めた所で道端の藪がガサガサ揺れた。あたしと相方は身構える。
細長いものが藪からにゅっと突き出すと辺りを窺った。
「来たね、爬虫類」
あたしが言った。大蜥蜴は返事もしない癖に口をくちゃくちゃ動かしていた。
「!!!」
その口から、小さい羽根と手がはみ出している。蜥蜴の口が動くたびその小さな手が上下に揺れる。
「あんたぁ!また食べたのかぁ!」
あたしは頭に血が上って叫び声をあげた。すると蜥蜴は素早く踵を返し、藪の中にするするっと逃げ込んだ。あたしと相方は行く手を邪魔する低木を飛び越え、手で枝を払いながら蜥蜴を追った。そして木の密集した藪を抜けるとポカンと空まで見える空地の様なスペースに出た。そのスペースの真ん中んに大蜥蜴はいた。こちらに向き直りながら、まだ口をくちゃくちゃ動かしている。
「うっ!!!」
あたしは目を見張った。あろうことか大蜥蜴の足元には無数のピクシーの羽が散乱して地面を覆い隠していた。
「‥‥一体…一体何人食べたってのよ!!」
あたしは感情が抑えられなくなって背中の杖を取ると無我夢中で大蜥蜴の方に走り出した。